日本の匠にクリエイティブの源に迫るインタビュー特集『匠の道』。
第4回からは北陸新幹線の開業1周年を記念した北陸特集として、金沢の陶作家・飯田倫久さん、富山県は城端で機業を営む松井紀子さん、そして金沢で加賀友禅を手がける鶴見晋史さんという3名のアトリエを訪れました。そして、それぞれが家業を継ごうと決意した時のことを起点に、どのように自分なりの道を見つけることができて、そこに喜びを感じられるようになったのか。そうしたお話を聞いてきました。
第7回に当たる今回は北陸特集の総集編として、この皆さんに集まってもらい、ひとつのテーマについて語ってもらいます。実はこの3名、無作為に選ばれた訳ではなく、と或るプロダクトを形にすることを目的に集結した方々だったのです。
それは扇子(せんす)でした。創業290年の歴史を持つ扇子専門店「白竹堂」の京扇子をベースにしながら、扇面の素材には松井機業の「しけ絹」を用い、その上から陶作家の飯田倫久さんがデザインした絵柄を、加賀友禅作家の鶴見さんが描き下ろすという、まさに夢のような至極の逸品が作り上げられていたのです。しかも今回、壱ポイントのためだけのコラボ扇子を手がけてもらうことが実現しました。
この発起人となったのは、糸の卸売りを手がける(株)福富の専務取締役、福富欽也さん。今回は福富さんにも参加してもらいながら、皆さんにコラボ扇子の誕生秘話をたっぷりと語ってもらいましょう!
地元の伝統産業と物作りを
——本日は皆さん、お集まり頂きありがとうございます。まず初めに、発起人である福富さんに質問です。今回のコラボ扇子はどんなきっかけから生まれたのでしょうか。
福富欽也「最初はぼくと飯田さんの2人で始めたプロジェクトだったんです。もう7、8年前の話ですが、アパレル向けにストールのデザインと製造を手がけた。そこから次のステップを模索したとき、地元の伝統産業との接点がなかったので、そういったものと接点する物作りをやってみたいと思ったんです。それで飯田さんから……」
飯田倫久「センスある素晴らしい鶴見晋史さんを紹介したのが(笑)、3年前のこと」
——そのときに手がけたのもストールだったのでしょうか?
鶴見晋史「いや、僕のところに声がかかったときは扇子やったんな」
福富「そう、扇子でした。繊細な扇子に〝ぼかし〟を入れたりするとなると、鶴見さんがうまいよと紹介して頂いた」
——なぜ、他でもない扇子だったのでしょう?
福富「先ほど説明しましたように、まずストールを作りましたよね。それを伊勢丹メンズさんでも展開して頂いた。そのとき、ストールだけでなく、例えば友禅の扇子が作れたらおもしろいねという話になったんです。それで扇子メーカーの白竹堂さんは先方に繋いで頂いて、私たちの方では職人さんを集めようという流れになった」
〝しけ絹〟製の名刺が縁を繋いだ
——なるほど、そうして飯田さんから鶴見さんを紹介してもらったのですね。松井さんはどのようなきっかけで?
福富「松井さんとの繋がりには、ストーリーがあるんです。ストールの生地を探していたとき、東京の(株)シオンテックの菱川恵佑社長から3社を教えて頂いた。そのひとつが松井さんのところだった。で、松井さんの名刺に〝富山県南砺市城端〟と書いてあることに気づいて。城端というと、金沢のすぐ隣り。〝しけ絹〟で仕上げられた松井さんの名刺もインパクトがあって、コレだ!と響いた。それですぐに連絡して会ったんです」
——その出会いから、今回のコラボ扇子に発展していったと。しけ絹が縁を繋いだ。
「はい。今回の扇子にしても、予め用意された生地を使うのもいいけれど、せっかくやるんであれば、地元の生地を使いたい。それで、ストールのときに使った生地、つまりはしけ絹で扇子も作れないかと松井さんに相談したんです」
——福富さんから扇子の提案を受けたとき、皆さんはどんなことを思いましたか?
松井さん「私の場合、こういう機会って、実はなかなかないんです。というのも、金沢の方は富山の人から頼まれると困られるようで(笑)」
一同「(笑)」
松井「そこに福富さんが入って頂いたことで、こんなにも素晴らしい作家さんたちとコラボさせて頂けた。富山県民の私としては、ありがとうございますの一言。扇子のことでいうと、うちは透ける素材というか、薄地のものが得意。それに、変わった扇子が欲しいというマダムがお得意様のなかにもいらっしゃった。それだけに、やってみたいという気持ちは以前からありました」
福富「これが地元でやれなかったら、もったいないなと思ったんです。というのも、うちから松井さんのところまでは車で40分。そんな近くに、これだけの生地を持っている会社があるなんて知らなかった」
鶴見「加賀友禅の歴史を振り返っても、城端は大切な場所。かつては五箇山で育てた蚕の糸を使って、それを城端で織る。そうしてできた生地を加賀友禅で使っていた時代があったらしいですからね」
福富「しけ絹の扇子は今年、壱ポイントさんとやっていこうというアイディアのもの。扇子の生地選びで難しいのは、いかに風圧を生みだすか。扇子は暑いから仰ぐもの。この風圧の加減においても、しけ絹は優秀な素材だと分かりました」
ぼかしに見る日本の情景
——城端と加賀友禅には意外な接点があったのですね。それでは飯田さんと鶴見さんに質問です。今回、コラボ扇子のデザインはお二人によって進められたと思います。具体的にどのような進め方をされ、過程においてどんなことを思い、デザインにどんな思いを込めたのでしょう?
飯田「僕が扇子のあらゆる面をデザインしたという訳ではなくて。当然のことながら、仙骨は白竹堂がプロフェッショナル。そこはお任せして、僕は鶴見さんとのあいだで、色や絵柄をどんなものにするかを話し合う役割を担いました。今回はお月さんを感じさせる〝ぼかし〟を入れてもらうことにして。こういったグラデーションは侘び寂びに通ずるところもあると思うんです。満月がくっきり見える日よりも、霞みがかって、ちょっと欠けたところに、僕たちは日本の儚い情景を感じる」
鶴見「僕の場合、いつもの加賀友禅で自分でやる分には、自分にとって塗りやすい色、例えば淡い色でしか染めない。でも今回みたいに、飯田さんからこんな風な色にしてという要望があると、最初はエッ?とも思ったけれど、いざ塗ってみると、こういうのもきれいだなとか。一緒にやってみることで、普段とは異なる色に触れられたのはおもしろかったですね」
飯田「今回の扇子においては、着物を着る方だけを想定している訳ではなくて。よりアパレルの目線から意識をしていきました。例えば、普段着ではどういうものが流行っていて、それに合う色はなんやろとか。いまの時代なら、どんな色が表現として出せるのかとか。今回の始まりこそ、メンズに向けた扇子を、というコンセプトでしたけど、最終的には老若男女が気軽に楽しめる普遍的なものに仕上がったんじゃないかと思います」
——絵柄はなにを表わしているのでしょうか。
飯田「黄昏に雲。ライトグレーか白のラインで仕上げてあります」
松井「仕上がりを見て私が感じたのは、昔から南砺には龍が現われると言われていて、まさにそれだなと」
飯田「グラデーションというのは、人によって想像するものが異なる。そこが面白いですよね」
——扇子を開いたときだけでなく、閉じたときの表情もまた美しい。
飯田「扇子は一般的に仰ぐために使うものだけれど、お茶の席では扇子は閉じ、自分の膝前に置く。つまり使うときだけ綺麗なだけでなく、閉じたときも美しくあるべきで、これはその点でもクリアしたのではないかと思います」
——ある種、突き詰めた芸術に値するものを日常生活に取り入れるのには、ちょっとした戸惑いすら感じてしまいそうですが。
飯田「確かに、これを海外に発注してとかではなく、日本の文化と技術が詰まった土地で、幾人もの職人が力を合わせた一品。土地、文化、技術が詰まった、いわば総合芸術のひとつでもあると思います。でも大切なのは、それを使って初めて作品になるということ。工芸品というのは眺めるだけでなく、手にとって使ってこそ価値があるんです」
この扇子から北陸の風を感じてほしい
——これまでにない夢のコラボで革新的なものを生み出してなお、そこに歴史や伝統が浮かび上がるのは素晴らしいことですね。やはり金沢や城端といった土地で生活を営み、感性を磨くことが大切なのでしょうか?
飯田「ぼくは土地というより、環境が大切だと思っています。たぶん城端で糸を作っておられるのは、目には見えないけれど、その糸の中に富山の文化や空気が込められているからで。だから生み出せる。場所が変わったらできない気がしますね」
松井「同感です。私、いま北陸限定のストールとかを作ってるんですけど、敢えて東京や他に持っていかないのは、もちろん私にそこまでの力がないのもあるんですけど、城端までお越し頂いて、私たちの世界観を感じてもらいたいから。うちだけじゃなく、周りも回ってもらいたいですし、なにかを持ち帰ったあとも、その空気感を思い出として感じ続けてもらいたい」
飯田「それは、何百年という長い年月をかけて作られてきた環境ですよね。その時々で流行っているものに左右されるものではなく。例えば自宅に帰れば、玄関には九谷焼の花生けが置かれている。メシを食おうと言えば、手作りのお茶碗と山中塗りの器といった伝統工芸品が、当たり前のように食卓に載っている。当たり前に良いものに接して育ってきた環境はかけがえのないものだと思います」
松井「おうちは三代で出来上がる。建築の棟梁がそう仰っていました。100年掛かりで築き上げられるおうちが、北陸にはある。木を育てて、その木で作るとか。お寺にしても地域の集合芸術。目に見えない歴史がいつの間にか触れられるのは強みかもしれませんね」
飯田「この扇子を仰いだとき、北陸の風を感じてくださいってことやな」
北陸の第一線作家たちによる珠玉のひと品「Ka福(かぶく)」は、壱ポイントでの取り扱いを開始しております。父の日の贈り物にもぴったり。さあ、仰げば北陸の風を巻き起こす扇子で、今年の猛暑を爽やかに乗り過ごしましょう。
Ka福(かぶく) 扇子
日本が誇る伝統産業「加賀友禅」「京扇子」「城端絹織物」がコラボレーションして作られた扇子です。それぞれの地域を代表する伝統産業が持つ「技」を「扇子」として形ある物に仕上げました。
独特の張りと自然が生み出すシルクの清涼感ある風合いの城端絹織物。それに加賀友禅作家の鶴見晋史氏の美しい染め技術が加わり、老舗の京扇子メーカーにて、丁寧に仕上げております。扇子の骨(扇骨)にも国産の竹を使用し、職人が一本一本手作業で仕上げた、こだわりの逸品です。
素材:絹(扇面)、竹(扇骨) サイズ:長さ約220mm 色:ネイビーブルー
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福富欽也
(株)福富 専務取締役。1971年、石川県金沢市出身。1991年、地元の繊維産元商社 一村産業(株)へ入社。2000年、株式会社 福富に入社。
株式会社福富
昭和26年 福富商店として創業。平成元年に当社設立。企画販売した「金沢 nature dying友禅ストール」は平成24年度 石川ブランドに認定された。
鶴見晋史
金沢「鶴見染飾工芸」2代目加賀友禅作家。1969年、加賀友禅作家 鶴見保次の長男として生まれる。日本工芸会正会員・坂井教人氏に師事、東京友禅を学ぶ。1996年、父親で日展作家・鶴見保次氏に師事、加賀友禅を学ぶ。1999年、加賀友禅新作競技会 協同組合加賀染振興協会理事長賞受賞 2000年、石川県伝統産業振興協議会 伝統産業技能奨励者受賞。
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飯田倫久
金沢の陶工房「北陶」作家。1972年 石川県金沢市出身。1991年 石川県立工業高等学校 工芸科卒。同年、父・飯田雪峰のもと北陶へ。陶芸の道に入る。日展入選、現代工芸展本会員賞、現代美術展最高賞、世界工芸コンペグランプリ他、受賞暦多数。日展 会友 現代工芸美術作家協会 本会員。石川県美術文化協会 会員。石川県陶芸協会 会員。金沢市工芸協会 会員。
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松井紀子
富山県南砺市城端で明治10年創業以来、一貫して絹織物業を行なう「松井機業」6代目見習い。東京生活8年目にして、絹織物に魅せられ2010年にUターン。明治10年より続く家業の松井機業を継ぐことに。現場で修業するうちに日に日にものづくりや城端への念が強くなり、城端において仕事に携わっていく喜びを実感している。
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