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春と秋の年に2回やってくるお彼岸(ひがん)

春分と秋分は、1年のなかでも昼と夜の長さがほぼ同じになる時期。このことから、私たちが日々を過ごすこの世とあの世がもっとも通じやすくなると考えられています。この時期はお墓参りへ出向くという方も多いかもしれません。けれどじつは、お彼岸の期間は自身を反省するための修行の機会でもあるということをご存知ですか?

 

お彼岸の意味と悟りの世界

彼岸という呼びかたは、サンスクリット語の「パーラミター(波羅蜜多)」を訳した「到彼岸」を略したことに由来します。到彼岸とは「あちらの岸(あの世)」のこと、つまり悟りの世界である極楽浄土だと信じられてきました。

 

それに対し、私たちが日々を過ごしている「こちら側(この世)」には迷いや苦悩に満ちあふれている世界だとされてきました。極楽浄土に行くために、迷いや苦悩を断ち切るためには仏教世界の「六波羅蜜」という教えを実践して、悟りを開くことが必要だと説かれています。

 

六波羅蜜とは

「彼岸」とは悟りの世界。心穏やかな悟りの境地に至るには、これからご紹介する6つのことを実践することが求められるとされています。この6つの修行を仏教では六波羅蜜(ろくはらみつ)と呼びます。みなさんは、どのくらい実践することができていますか。

《六波羅蜜》

①「布施」(ふせ)

財や心を周囲の人へ施すこと。

②「持戒」(じかい)

心を戒めること、周囲の人へ迷惑をかけないこと。

③「忍辱」(にんにく)

愚痴や不平不満をもらさないこと、腹を立てないこと。

④「精進」(しょうじん)

つねに全力で物事にとり組むこと、努力をおしまないこと。

⑤「禅定」(ぜんじょう)

心を静かに保ち、日ごろの言動を省みるひと時を忘れないこと。

⑥「智慧」(ちえ)

真実を見る智慧、そして正しい判断力を身につけること。

 

日ごろからこれらの徳目を実践し続けることは、決して簡単ではないかもしれません。そんな6つの修行を、春と秋の年2回にみんなで実践してみようというのが、お彼岸の教えです。

もちろん、お彼岸にお寺やお墓に訪れることもまた、「六波羅蜜」の実践に通じる大切な仏道修行です。

暑さも寒さも彼岸まで

「暑さ寒さも、彼岸まで。」

こんな言葉があるように、お彼岸はちょうど季節の変わり目。

六波羅蜜の修行は、自分の心がけひとつで誰にでもできることばかり。いつも見守ってくださるご先祖さまにも、春という豊かな季節がまた巡って来てくれたことにも、まずはありがとうの気持ちを。六波羅蜜の6つの修行を通じて、心ゆたかな人柄を身につけていきましょう。

甘い香りが春の訪れを予感させ、なんだか幸せなきもちにさせてくれる梅(ウメ)の花。
ウメの花は、「松竹梅(しょうちくばい)」と並べておめでたいもののひとつともされていますが、それぞれの由来や意味をご存知でしょうか。

「松竹梅」が浸透した由来・歴史

わたしたちの暮らしのなかには、さまざまな格付けや意味合いを持った言葉があります。「松竹梅」もそのひとつで、主に商品やサービスの格付けを示すものとして使われています。

では、どうして「松」「竹」「梅」が格付けに用いられているのでしょうか。

まずはその由来や歴史について見ていきましょう。

 

中国で縁起がいい数字が由来

中国では、3という数字は古来より縁起のいい数字。

このことから3つの植物の組み合わせ、なかでも寒さの厳しい真冬にも美しい葉や花を咲かせ、豊かな生命力を連想させる植物のセット「歳寒三友(さいかんさんゆう)」がとくに喜ばれてきました。

中国では、宋代よりマツ(松)やタケ(竹)、ウメ(梅)、スイセン(水仙)などの冬を代表する植物からいずれかの3つがセットで描かれたのです。そのなかでもウメは描かれることが非常に多く、しだいに中国における歳寒三友の要となっていきました。

やがて、日本にも伝えられたものの……

松竹梅の組み合わせが日本に伝えられたものの、決してすぐに定着したというわけではありません。

その常緑性が長寿のシンボルとされてきたマツ、そして成長力の旺盛さが繁栄を意味するタケ
この2つはもともと日本に自生しており、生命力のたくましさが古来より尊ばれてきました。
そのためマツとタケは、縁起物として平安末期にはマツとタケを組み合わせた門松をお正月飾りとして用いられていたとされています。

日本で松竹梅がなかなか定着しなかった理由

ですが、なかなか日本で定着していかなかったのがウメでした。

ウメは中国原産の樹木で、奈良時代後期に日本へとやってきたとされています。日本に伝わって間もないウメは、そのころの貴族にとって憧れの大陸文化の象徴でしたが、自生の種であるマツやタケとはすぐに結びつかなかった要因のひとつなのかもしれません。

ですが、やがて春の訪れとともに香しい花を咲かせることから、やがてウメも冬の風物詩として定着していきました。

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松竹梅それぞれの意味

松竹梅の順番は、日本で吉祥(=めでたいこと)の象徴となった年代の順番を表しています。ここでは、それぞれの意味について紹介していきます。

松(マツ)


平安時代に吉祥の象徴となった松。松は1,000年もの寿命があり、1年じゅう葉の色が変わらないことから「常盤木(ときわぎ)」と呼ばれ、縁起のよいものとされてきました。また、中国では長寿延命の木とされています。

竹(タケ)

竹は、およそ3か月ほどで親と同じ高さまで大きくなるほど、生命力あふれる植物。
また、1年じゅう枯れることがなく、つぎつぎと新芽を出していきます。そのことから、室町時代より子孫繁栄の象徴とされています。

梅(ウメ)

菅原道真が愛したという梅の花は、厳しい寒さのなかでも1番に春の知らせを伝えてくれる植物であることから、江戸時代より繁栄・気高さ・長寿の象徴とされています。

松竹梅に優劣はない

松竹梅は平安時代から現代まで、時代とともにその意味合いが徐々に変化していきました。松、竹、梅それぞれが吉祥の象徴であることから、そこに優劣関係はありません

ですが、それぞれが吉祥とされた時代にしたがって現代では格付けとして用いられています。

ちなみに、格付けや等級をあらわすようになったのは、蕎麦屋や寿司屋のメニューで『特上・上・並』を『松・竹・梅』に置き換えるようになったことが始まりだとされています。

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サクラよりすこし前に見頃を迎える梅(うめ)の花。

全国には多くの梅を鑑賞できるスポットがあるので、梅の上品な美しさと爽やかな香りに癒されてみてはいかがでしょう。

 


「お正月」をいえば、新年を祝う一年で1番始めにくる行事のこと。

じつは、1月にはお正月とは別に「小正月(こしょうがつ)」と呼ばれる行事があることをご存知ですか。

元旦から1月3日までの三が日である「大正月」が新年に歳神さまをお迎えするという意味を持つのに対し、「小正月」は豊作の祈願や家内の安全の祈願をするという意味合いがあります。この時期に悪霊払いや無病息災の風習が行われるのも、このことに由来します。

あまり聞きなじみのない小正月。今回はその由来や行事、食事についてお届けします。

小正月とはいつのこと?

(1月13日~16日の3日間を指す場合もありますが)小正月は、一般的に1月15日とされています。
この時期が「小正月」とされているのは旧暦との関係があります。
旧暦では新月の日を1日(ついたち)、満月の日を15日(十五夜)、そしてつぎの新月の日までを1か月としてきました。古来より日本では満月には特別な力があると考えられ、旧暦の1月15日は立春後初めての満月にあたることから、この日を正月としました。

やがて明治時代に入ると太陽暦になると、元旦(1月1日)を「大正月」、そして1月15日を「小正月」と呼ぶようになったといわれています。

ほかの呼びかたをすることも

また小正月は、年末から新年を迎える準備や来客の対応で慌ただしく働いた女性が一息つける時期として、「女(おんな)正月」とも呼ばれます。これに対して、大正月は年男が活躍することから「男正月」と呼ばれます。

小正月におこなわれる行事・行事食

大掃除をしたり、門松やしめ縄を飾ったりして年神様を迎える大正月に対して小正月は、豊作祈願などの個人的(もしくは家庭的)な行事が多くなります。そして小正月の行事は、以下の大きく3つに分けられます。

・豊作祈願(餅花、繭玉、庭田植え など)
・吉凶占い(粥占い、豆占い など)
・悪霊祓い(左義長、鳥追い など)

そのなかから今回は、代表的なものをいくつかご紹介します。

餅花(もちばな)

お正月には家の外に門松を飾りますが、小正月では1年の五穀豊穣を祈り、餅花(もちばな)を飾ります。
餅花は、稲穂を連想させるヤナギなどの枝に小さく切った紅白のお餅や団子をさして飾ります。米粉をつかって蚕(かいこ)の形にし、繭玉(まゆだま)として飾る地方もあり、これは養蚕が盛んだったころの名残りと思われますこのことから、小正月のことを「花正月」と呼ぶ地域もあります。

左義長(どんど焼き)

左義長(さぎちょう)は、お正月飾りや書き初めを集めて燃やす行事のこと。燃やしたときの煙とともに年神様が天上に帰るとされ、その火でお餅を焼いて食べることで万病を防ぐとされています。また左義長は、「どんど焼き」「どんど」などと、地域によってさまざまな呼びかたがあります。

粥占(かゆうら・かいうら・よねうら)

粥占はおかゆを炊いて、この1年の吉凶を占う行事です。粥占は各地の神社で祭礼として行われます。多くの場合は小正月に神にあずき粥を献上するときに、天候や作物の豊凶などについて占います。占いかたにはいくつか種類がありますが、一般的には煮え上がったお粥のなかへ棒を入れてかき回し、棒についた米粒の数で占います。そのほかにも、青竹を12本入れてひと月ごとの吉凶を占うものや、お米と小豆(あずき)と竹筒を一緒に炊いて、竹筒に入った小豆の数で吉凶を占うものもあります。

たとえば、京都府亀岡市千歳町の出雲大神宮でおこなわれる粥占祭(よねうらさい)では、毎年1月15日に小豆を混ぜた米を早生、中生(なかて)、晩生(おくて)を表す3本の竹筒とともに釜で炊きます。ここでは筒に入った小豆が少なく、米が詰まっているほど豊作としています。

小豆粥(あずきがゆ)

小豆(あずき)の赤い色には、昔から邪気を払う力があると考えられ、小正月の1月15日に邪気を払い、この1年の健康を願って小豆粥を食べる風習があります。この15日は望の日(もちのひ)なので、望粥(もちがゆ)とも呼ばれます。また、(東北地方や北陸地方などでは)1月7日の七草粥のかわりとして小豆粥を食べる地域もあります。

古来より、豊作の祈願や大切な家族の健康と安全の祈ってきた小正月。
ことしは玄関先に餅花を飾ったり、家族の健康を願って小豆粥をいただいてみてはどうでしょう。

 

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壱ポイント スタッフ一同

少女の頃から稽古を受け、気品漂う姿で京都の町を凛と歩く……。

 

舞妓(まいこ)さん、芸妓(げいこ、げいぎ)さんと聞くと、顔におしろいを塗った着物の女性を思い浮かべるかと思います。そんな彼女たちの仕事が一体どのようなものなのか、どのくらい知っていますか。

今回は、日ごろなかなか見ることのできない、芸の世界を覗いてみましょう。

 

舞妓・芸妓・芸者は、それぞれ違いがあるの?

舞妓・芸妓とは、唄や踊り、三味線などの芸で宴会の席に楽しさを添えることを仕事とする女性のことを言います。さまざまな呼び方がありますが、舞妓・芸妓・芸者にはどのような違いがあるのでしょうか。

Photo by Chee.

見習い中、修行後かどうかの違い

現代の京都では、中学卒業後の15歳ごろから20歳ごろまでは芸妓になるまでの見習い修行の期間。このあいだに「仕込み」といわれる踊りや茶道、着付け、茶道、華道、礼儀作法、お座敷でお客をもてなす際の礼儀作法やしきたりなどを先輩芸妓から徹底的に仕込まれます。およそ1年の修行を重ねたのち、舞妓としてデビューします。

その後、置屋の女将や組合から実力を認められると「袴替え」という儀式ののち、晴れて芸妓(げいこ)となることができます。芸妓として独り立ちしたら置屋に籍を置き、お座敷へ出向いて接客をしたり、芸を披露したりします。

地域による呼び方の違い

京都では、見習いの期間を「舞妓」と呼びますが、関東では「半玉」(はんぎょく)「御酌」(おしゃく)などと呼びます。

「芸妓」は(げいぎ、げいこ)2通りの読み方があり、関西では特に「芸妓、芸子」と書いてどちらも(げいこ)と呼びます。そのほかの地域では「芸者」(げいしゃ)と呼ばれることもあります。

地域によって呼び方の違いはあれど、芸者・芸妓どちらも舞や唄、三味線などの歌舞の芸でお客を楽しませるということに違いはなく、どちらも同じ。そして、芸道ひとすじに生きる心意気もまた、変わらず同じものと言えます。

服装や髪形の違い

じつは、服装や髪形からも舞妓と芸妓を見分けることができます。

Photo by Akihito Miyaji.

髪型の違い

舞妓の場合、かつらはかぶらずに地毛をのばして結っています。なお、舞妓の髷はいちど結うと、1週間はその髪型で過ごします。結いあげる髪型は、経験年数に応じて決められており、祇園祭などの大切な行事のときは、特別な髪形で結いあげます。なお、四季折々の花かんざしをつけられるのは、舞妓だけです。

対して芸妓は地毛ではなく、「島田」と呼ばれる結い方のかつらをかぶり、かんざしなどはあまりつけません。
 

着物の違い

舞妓・芸妓を見分けるポイントに、着物や帯の結び方があります。

一般的に舞妓は、柄の入った色鮮やかな振袖を着用します。

そして、垂れ下がったような形に結ぶのが特徴的な、歩くとゆらゆら揺れる「だらりの帯」を使用します。だらりの帯は京都の舞妓さん特有のもので、全長が5メートル以上にもおよび、かなりの重量があります。

一方、芸妓は黒や無地のシックな着物を着ることが一般的で、帯は(よく見る着物の装いと同じ)お太鼓にしています。

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履物の違い

舞妓は桐でできた、特徴的な形の下駄を履きます。これは、高さが10センチほどある丸みを帯びた形の「おこぼ」と呼ばれるもの。

写真を見てみると、非常に特徴的な形をしていますね。ほかにも、「ぽっくり下駄」「ぼっくり」などとも呼ばれます。下駄や草履を履き、舞妓と比べるとずいぶん身軽そうに見えるのが芸妓です。

さまざまな違いがある芸の世界

津軽びいどろ

一輪挿し ‐弥生-

いかがでしたか? 特徴さえおさえておけば、舞妓さんや芸妓さんを見かけてもすぐに見分けがつきそうですね。文化への理解が深まると、紅葉シーズンで賑わう京都の町が、より一層輝いて見えることでしょう。

写真提供元:55maiko.net.


みなさんは、お正月の準備をいつごろから始めますか?

日本では「正月事始め」と呼ばれる正月の準備を始める日があり、地域によって多少の差はありますが、おおむね12月13日にあたります。

この日を境にすす払いや餅つきなど、新年を迎える準備をはじめます。
お正月の準備を始めるのはいつからでもいいと思う方がいるかもしれませんが、正月事始めは12月13日だと決められています。これは、この行事が神様に向けたものであることに由来します。

そこで今回は、正月こと始めのルーツについてご紹介します。

なぜ、12月13日なの?

平安時代から江戸時代前期まで使用されていた『宣明暦(せんみょうれき)』によると、この日は婚礼以外は万事に大吉とされる「鬼宿日」にあたります。このことから、年神様を迎える準備を始めるのにふさわしい日として「正月事始め」と定めたとされています。

現在ではこの日にこだわる必要はありませんが、新年を迎える準備は遅くとも28日までには終わらせるようにします。

 

作業が残った場合はどうすればいい?

新年を迎える準備が28日までに終わらなかった場合、翌29日は避けて30日に行うようにします。(9=「苦」を連想するため)また、大晦日である31日も「一夜飾り」といって、飾り物やお供え物を準備には適さないとされています。

■正月事始めに行うこと

12月13日のこと始めでは具体的に、どのようなことを行うのでしょうか。
「煤払い」「松迎え」などの正月の準備にとりかかる日とされています。

 

すす払い

すす払いは、新しい年神様をむかえるために1年を祓う習わしです。かつては「煤梵天(すすぼんてん)」と呼ばれる道具ですすを払っていましたが、現在でも大きな寺社では煤梵天をつかって掃除をするところもあります。

松迎え

すす払いが終わったら、松迎えをします。松迎えとは、門松に使う松やおせち・お雑煮などの料理を用意するための薪などを木々を山へ行って取りに行く習慣があります。これを「松迎え」といいます。12月28日までに松を集めるようです。


準備をするには早い気がするけれど……

12月13日が縁起のよい「鬼宿日(きしゅくび)」とされていますが、新年を迎える準備をするにはやや早い気がするかもしれません。そのため、13日にすす払いを行って、ほかの箇所の掃除は別の日に行うと人が徐々に増えていきました。
その習慣が年末の大掃除の由来であるとされています。

 

 

■正月事始めの主役は年男

新年を迎える準備といえば大掃除や正月料理の仕込みなど、女性が中心になって行うものと思われがちです。しかし、かつて正月事始めを仕切るのは、その家庭の家長とされていました。

現代では生まれた年と同じ十二支の年を迎えた男女のことを「年男・年女」と呼びますが、むかしは正月事始めを仕切る家長のことを「年男」と呼んでいました。

さらにむかしは、しめ縄や門松を各家庭で手づくりしていたことから、正月の準備は力仕事が多かったことがうかがえます。このことから、正月事始めは男性が中心となって行っていました。

 

なにかと慌ただしい12月。年末年始の休暇に入らないとなかなか準備ができないかもしれませんが、12月13日の「正月事始め」から新年を迎える準備を少しずつすすめれば、いつもよりゆったりとした気持ちで新年を迎えられるかもしれません。

みなさん、お弁当は好きですか?

お店の中ではなく、職場や外で好きなように食べられ、電車旅やお花見に欠かせないものでもあるお弁当。

ご家庭の手づくりお弁当からやコンビニ弁当、デパ地下の中華弁当、焼肉弁当、はたまたカレーのお弁当まで。今日ではさまざまなお弁当が見受けられますよね。

 

その中でもよく目にするのが「幕の内弁当」。ところで、「幕の内」とは、何を意味する言葉なのでしょうか。

 

幕の内弁当とは、どんなもの?

幕の内弁当とは、「俵型の握り飯と数種類の副食(おかず)を詰め合わせた弁当」のことです。

ご飯の上に黒胡麻を散らし、卵焼き・かまぼこ・焼き魚・揚げ物・煮物・漬け物・佃煮などを詰め合わせます。

ごま塩俵握り飯であることは、今日でも大方が継承しています。ただ、おかずはお店によって多少違いがあり、それぞれ工夫を凝らした料理を詰めるようにしています。

駅弁などでは使い捨ての折り詰めに入れられていますが、芝居小屋では重箱に入れられ、容器は食後に回収されることもあります。

こうしてみるとちょっと贅沢なお弁当ですね。

幕の内弁当と松花堂弁当との違いは?

幕の内弁当とよく似たものに、松花堂弁当があります。

松花堂弁当とは、内側を十字に仕切った弁当箱に料理を盛りつけたお弁当のこと。略式の懐石料理として用いられることもあり、料亭などで楽しむことができます。

松花堂弁当には、刺身や煮物、焼物、ごはんやお吸い物が小鉢に入れられています。このように、どこでも食べられるよう俵型おにぎりや汁気がないおかずを使用している幕の内弁当とは、大きな違いがあります。

 

「幕の内弁当」が生まれた歴史・由来

幕の内弁当として売られるようになったのは江戸時代の後期といわれ、「芝居文化の発展とともにうまれた弁当」として、歌舞伎と深いつながりを持っています。ここからは、幕の内弁当が生まれた由来について見ていきましょう。

 

「幕の内弁当」が生まれた由来

「幕の内弁当」と呼ばれるようになった由来には諸説あります。

1.芝居興行のときに役者や裏方に出していた弁当をやがて観客も食べるようになり、幕間に食べる弁当だから。

2.役者が幕の内(舞台裏)で食べていた弁当だから。

3.芳町の「万久(まく)」という店が、小さな握り飯にお菜を添えた弁当を売り出したから。

4.相撲取りの「小結(こむすび)」が幕の内力士であることになぞらえて、そう呼ばれるようになったから。

5.戦国時代、戦陣の幕の内で食べた弁当だから。

 

なかでも1,2の説が有力とされていますが、「幕の内弁当と番付の幕内とは関係がない」との説もあります。

ただいずれにせよ、幕の内弁当は芝居小屋や相撲茶屋など江戸の庶民の娯楽につながっていたことはたしかなようです。

 

今なお愛され続けている、幕の内弁当

十八膳(じゅうはちぜん)

つぶら

鉄道が発達すると、幕の内弁当は駅弁の原型として現在のスタイルになりました。

旅行や観劇といった、特別な日にも選ばれる幕の内弁当。日本全国、老若男女に根強い人気を誇り、長い間愛され続けているのですね。これから秋の行楽シーズン、幕の内弁当をお供に旅行にでてみてはいかがでしょうか。

【関連記事】マナーとエチケットの違い、きちんと答えられますか?


神社や仏閣などで、吉凶を占うために引くおみくじ。
初詣や観光などで参拝した際、運だめしに引くことが多いかと思いますが、「大吉」がもっとも運勢が良いのはわかりやすい一方で、「半吉」「吉」「末吉」などといった、なかには吉凶をすぐには判断しづらいものもあります。みなさんは、おみくじに書かれた運勢の順番、きちんと答えられますか?

実際のところは? おみくじの縁起のよい順位

じつは、おみくじには縁起がよいとされる決まった順番はないとされていますそれは、神社や仏閣などによって社寺によっておみくじに書かれている内容が異なり、吉凶の順番の見解も異なるため。

 

一般的には、【大吉・吉・中吉・小吉・末吉・凶】という順番が多いとされていますが、【大吉・中吉・小吉・吉・末吉・凶】とするところもあります。

また、【大吉・吉・中吉・小吉・半吉・末吉・末小吉・平・凶・小凶・半凶・末凶・大凶】と吉凶の順番をさらに細かく定めているものもあれば、【大吉・中吉・小吉・吉・半吉・末吉・末小吉・凶・小凶・半凶・末凶・大凶】とするところもあり、神社や仏閣などによってさまざまな見解が見受けられます。また、吉凶の割合も社寺それぞれによって異なります。

 

 

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おみくじは結ぶ? 結ばない?

せっかく引いたおみくじですが、持ち帰るべきかどうか迷うことがあるかもしれません。
これに関してもそれぞれの神社や仏閣によってさまざまな見解があるため、「こうすればよい」という決まりはありません。ですが、大きく分けると以下の2つになります。

 

①おみくじには神や仏からのありがたいメッセージやパワーが秘められていることから、
(吉凶にかかわらず)おみくじに書かれている教訓を戒めるつもりで持ち歩き、お礼をこめて納める。

②自分にとって都合の悪いおみくじはその場で結びつけ、さらなるご加護を願う。よい結果のおみくじは持ち帰り、後日境内に結ぶ。

 

もともとおみくじは教訓として持ち歩くものだったといわれています。そのため、その場で結ぶのは凶をとどめて吉に転じるようにお願いする場合のみという見解が多く、たとえ凶であっても自分への戒めとして持って帰って構わないのです。最近は、おみくじを入れて持ち歩くための、おみくじ入れも人気です。

 

おみくじを結ぶ場合はどうすればいい?

おみくじは、むやみに捨てないようにするのがおすすめです。引いたおみくじを持ちかえらない場合や持っていたおみくじが不要になった場合は、神仏と縁を「結ぶ」ために境内に結んだり、納札所に納めるようにします。必ずしもおみくじを引いた神社や仏閣などでなくても構いませんが、神社のものは神社へ、寺のものは寺に納めたほうがよいとされています。

また、おみくじを木々の枝に結ぶのには「木々のみなぎる生命力にあやかり、願い事がしっかり結ばれますように」という祈りが込められています。
ただ、むやみに境内の木々に結びつけてしまうと木々を傷めてしまったり、景観を乱してしまう可能性があります。「おみくじ結び所」が指定されている場合には、かならず指定された場所へ結ぶようにしましょう。

 

おみくじを引く際に大切にしたいこと

おみくじを引くと私たちはつい、吉凶の結果ばかりを気にしてしまいがち。
けれども、おみくじは吉凶にとらわれずに細部から対処法を学んだり、今後の指針にしたりすることが大切です。

また、「大吉」や「大凶」が出た場合には、その反対の運勢になるという考え方もあります。これは、陰陽(おんみょう)思想による「陽極まれば陰生ず、陰極まれば陽生ず」という言葉に由来し、大吉や大凶などの対極にあるものはその反対に転じやすいといわれているため。

もちろん、吉であっても注意して行動するようにしたり、凶であっても用心して誠実に物事を対処すれば必ず御加護があるとされています。たとえあまりいい結果ではなかったとしても、それを前向きに捉えて行動することで、道が開けていくものなのかもしれません。

 


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結婚が決まったら、考えることはたくさん。

両親や職場への報告、式場探し、結婚指輪やドレス選び……。毎日がめまぐるしく過ぎていきます。

そんな準備期間によく耳にするのが、「結納(ゆいのう)」

なんとなく堅苦しいからといって、最近では両家顔合わせの食事会などにして結納を省いてしまう人も多いのでは?

結納を行うにしても、行わないにしても、結納とはどのようなものなのでしょうか。

きちんと知っておきたい風習の一つではあります。

 

■結納の起源

結納の起源は、およそ1,400年前の仁徳天皇の時代までさかのぼります。

仁徳天皇の皇太子(後の履中天皇)は羽田矢代宿禰(はたのやしすくね)の娘、黒媛(くろひめ)を好きになり、妃に迎えようとして納采(のうさい)を行ったと『日本書記』には記されています。この宮中儀礼のことを「納采の儀」として受け継がれています。

納采」とは、結婚の話がまとまると男親が女親に挨拶にうかがい、贈り物をすること。これが、現在の結納の起源にあたります。

 

平安時代に貴族が行っていた婚礼儀式に中国の婚礼制度がとり入れられ、室町時代には武家や公家に広がり、小笠原流や伊勢流などに体系化されていきました。やがて江戸時代に入ると、裕福な商家では結納・結婚式の行事が行われるようになりました。庶民の間でも広く行われるようになったのは、江戸時代末期から明治時代になってからとされています。

 

 

■気になる結納品の中身

結納品には、円満・長寿・子宝など繁栄を象徴するさまざまな縁起物が揃えられています。また結納品には、それぞれ願いや意味が込められています。

地域によってさまざまな違いが見られますが、今回は関東式の一般的な9品目をご紹介します。

 

①長熨斗(ながのし)

「のしあわび」とも呼ばれ、もともとはあわびを薄く伸ばしたものでした。古来よりあわびは、不老長寿を象徴する貴重な食材。贈りものへの祝意も込められています。

 

②寿惠廣(すえひろ)

一対になった純白の扇子のこと。白は純潔・潔白・純真無垢を示し、を広げた形は繁栄を象徴する末広がりであることから、家族が末広がりに栄えてほしいとの願いが込められています。

 

友白髪(ともしらが)

白い麻紐や麻糸のこと。夫婦がともに白髪になるまで添い遂げられるようにと、夫婦円満や長寿を願う意味があります。

 

④子生婦(こんぶ)

昆布のことで、「よろこぶ」の意味が込められています。昆布は生命力が強いことから、子孫繁栄を願って贈られます。昆布も奇数を包みます。

 

⑤寿留女(するめ)

スルメのことです。日持ちがし、噛めば噛むほど味がでることから、夫婦の末永い縁を願う意味があります。

 

⑥勝男節(かつおぶし)

鰹節のこと。武家の保存食や非常食として常備されていたもので、武運長久の縁起物としての意味があります。

 

⑦家内喜多留(やなぎだる)

もとは本来の柳の樽にいれた祝い酒のこと、現代では「酒料」として現金を包みます。

 

⑧金宝包(きんぽうづつみ)

「結納金」のこと。男性側からは、「小袖料(こそでりょう)」女性側から結納金を贈る場合は、「御袴料(おんはかまりょう)」という名前で贈られます。

 

⑨目録(もくろく)

結納品の品目数を記したものです。結納品の明細書のようなもので、関東式では結納品のひとつに数えます。

 

以上が、関東式の一般的な結納品です。

いずれも夫婦の幸せと繁栄を願った品が多く、おめでたい漢字をあてて、縁起の良い意味が込められています。関東式で正式なのは9品目ですが、「家内喜多留(やなぎだる)」と「勝男節(かつおぶし)」を省いて7品目とすることもあります。

さらに省略する場合は、「寿留女(するめ)」と「子生婦(こんぶ)」を省いて5品目とします。

■結納に使われる水引

結納には、「淡路結び」の水引のかかったご祝儀袋を選びます。淡路結びはいちど結ぶと解くのが難しいことから、「一生に一度」という意味があり、縁起物の鮑に形が似ていることからも末永く良いお付き合いを、という願いが込められたお祝いに適している結び方です。

結納の起源や、結納品にこめられた想いを知ることで、よりこれから家族になるご両家の絆が深まりそうですね。

 

古くから詩歌や俳句の材料になってきた、中秋の名月。

現在は太陽の動きが用いられていますが、それまではの満ち欠けが暦に用いられていました。

そしてやわらかな光を放つに魅せられた先人たちは、季節や風情に思いを馳せ、さまざまな名前をつけてきました。

なかでも十五夜は「中秋の名月」とも呼ばれ、古くからお月見の風習とともに親しまれています。じつは、この十五夜以外にも「十三夜」「十日夜」と呼ばれるの綺麗な夜もあることをご存知でしょうか。先人たちがつけた名前と照らし合わせながら楽しむと、明かりもより美しく感じられるかもしれません。

年に一度だけの十五夜

十五夜とはが満ち欠けする周期の齢の上で、満月の時を表すことば。新月を1とし、満月はちょうど15日目にあたるのが由来です。

ただし、十五夜というのは旧暦の「八月十五夜」のことを指し、ほかの満月を十五夜とは呼ぶわけではありません。

旧暦では、7月~9月が秋とされていました。

7月・8月・9月の真ん中は8月。さらに8月のちょうど真ん中にある15日ごろが「中秋の名月」とされていました。ただ、現在の新暦は旧暦とズレがあることから、9月7日から10月8日のあいだの満月を十五夜としています。

満月は豊穣(ほうじゅう)の象徴とされており、収穫されたばかりの里芋をはじめ、収穫への感謝や豊作祈願の意味を持って秋の実りをお供えします。里芋はどんどん増えるので、古くから子孫繁栄の縁起物とされ、祝い事に用いられてきました。こうしたことから、十五夜の「芋名月」とも呼ばれています。

「十三夜」と「十日夜」

さて、気になるほかの2つの月夜について説明していきましょう。

十三夜

まず十三夜ですが、こちらも同じく月齢からくる言葉で、新月から数えて13日目の月のことを指します。

が8割ほど見え、2割ほどが影になっている状態です。こちらは「九月十三夜」のことを指し、今の暦に合わせると10月ごろにあたり、中秋の名月の後にくることから「後の月」ともよばれています。

また、ちょうど栗が実る時期であり、食べごろになった栗や枝豆をお供えし収穫をお祝いすることから、「栗名月」「豆名月」という呼び方もあります。

十三夜は、十五夜と比べるとマイナーですが、片方だけを祝うと「片月見」また「片見月」など、縁起の悪いことだとされていたそう。それほど、昔は十五夜と同じくらい大切に重んじられていた日だったようです。

十日夜

次に十日夜ですが、呼び方の由来についてはもうおわかりですね。そう、新月から10日目の月を指します。

別名「三の月」ともいい、6割ほど見える状態です。旧暦の10月10日の夜のことで、農作物に感謝する日とされています。

この十日夜は田畑にいらした神様が山へお帰りになる日とされており、稲などを捧げます。また田んぼを守ってくれていた、かかしにも感謝を表し、お餅を捧げたり一緒にお月見をする地方もあります。

お月見に欠かせない月見団子

お月見の際に欠かせないのが、月見団子

けれど、なぜ私たちはお月見の際に月見団子をお供えするようになったのでしょうか。

お月見の日に団子を供える習慣は、江戸時代から始まったといわれています。

お月見をする際に「来年以降も豊作でありますように」という祈りをこめて、収穫物である米の団子を用意したのが由来だとされています。また、かつて子供は月の使者であると考えられていたことから、子供が団子をとりやすいように縁側に備えるようになったという逸話もあるとか。

月見団子は、丸ではない?

月見団子といえば、真ん丸のものを思い浮かべがちですが、じつは月見団子の形はまん丸ではありません。

なぜならば、ピンポン玉のような真ん丸の白い団子は、亡くなった方の枕元に供える枕団子を連想させてしまうため。そのため、月見団子は真ん丸ではなく、ほんの少しつぶすようにして形を作ります。

なお、月見団子を供える数については、十五夜にちなんで15個、1年の満月の数に合わせて12個などまちまちです。

津軽びいどろ 金彩盃 -月明-

ちょうど秋の夜風が涼しく、気持ちがいいこの季節。十五夜に込められた意味や十五夜以外の月の名前を知ったうえで迎えるお月見は、いつもより味わい深く楽しめるかもしれません。

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