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匠(たくみ)にクリエイティブの源を聞くインタビュー特集『匠の道』。
第2回にお迎えしたのは、漆ジュエリーブランド「MIYABICA(※インタビュー当時)」デザイナー、峰岸奈津子さんです。

※2016年よりNatsuko Minegishiとして活動を開始

 

一般的に漆といえば、伝統工芸品を塗る塗料のイメージ。しかし中には、漆だけをつかって生み出される伝統工芸品もあるということ、ご存知でしたか? それが「堆漆(ついしつ)」という技法。

これは、天然の漆を200~300回と重ね塗ることで出来上がる「漆の板」を切って削って、ときには数枚を重ね貼りして、工芸品を生み出すというもの。乾かす時間も求められる作業だから、塗りは1日1回まで。たとえば100回繰り返すとして、かかる日数は100日間。そうまでして辿り着くのは、わずか3ミリの厚さの堆漆板だといいます。

 

まったく気が遠くなる幻の技法を、とても小さなジュエリーに落とし込んだ方こそ、ほかでもない峰岸さんなのです。

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峰岸奈津子さんによるジュエリーブランド「MIYABICA」商品の数々

大学在学中の課題のなかで、漆と出会った峰岸さん。その美しさに魅了されると同時に、漆の豊かな表現力や色のバリエーションにポテンシャルを見出します。卒業後は香川県漆芸研究所に入所し、漆の専門技術を習得。さらに香川県無形文化財保持者の北岡省三さんに師事。

確かな下積みの年月を重ねたのち、2006年から堆漆によるジュエリー制作を手がけ始めました。

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店舗の奥に兼ね備えた工房で日々、堆漆制作や加工作業に没頭するという峰岸さん

10年間、漆と向き合って辿り着いたもの

「初めこそ、漆と聞いても〝お椀の蒔絵〟程度のイメージ。だけど漆を彫ったり、重ねたり。漆といっても、たくさんの技法があると知ってとても驚いた。そうして勉強していくうち、工夫次第で色んなことができると分かって。木目を活かした家具の制作から、木目を漆で塗りつぶした家具やオブジェまでも創るようになったんです」

 

かくして漆と向き合うこと10年。独り立ちを決意するころ、峰岸さんはある決意を固めたといいます。「師匠が作るものを見てきて、同じやり方での伝統工芸の道を選ぶこともできるけれど、私なりの表現の仕方もあるんじゃないかって」

堆漆板となった漆はたいへん軽く、それでいて石のように固い。水にも強く、使えば使うほどツヤが出る。そしてほかのものでは醸し出すことのできない、なんとも言えない滑らかな質感……堆漆の持つ素晴らしい特徴をふりかえった峰岸さんが見出したのは、「漆ジュエリー」というひとつの答えでした。

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(左)ミラーボールカットされた堆漆ネックレス (右)花リング

MIYABICAの堆漆板は、単色の層を何色も重ねることで仕上がります。作るアクセサリーの型に沿って糸ノコで切り落とし、ヤスリや彫刻刀で削ることによって部分的に現われる下の層がグラデーションとなり、堆漆に表情を与えます。それはまるでポップな考古学でも繰り返されるかのよう。

一連の反復作業は、峰岸さんと漆の「言葉なき対話」でもあるのでしょう。その結果がひとつひとつに宿っていることを、皆さんにも手に取って楽しんでいただけるはず。

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MIYABICAの堆漆板はこのような構成でできている

「MIYABICA」=「雅びか」=「洗練された」

日本における漆の歴史を振り返ると、実にいまから9000年前にあたる縄文時代まで遡ることができます。そのときすでに赤や朱に染まった漆が使われていたといいますから、歴史の深さは計り知れません。

原液が採れるようになるまでには10年かかり、また1本の木からわずか200ccしか採取できないという漆。それだけ貴重なものがおよそ1万年の歴史のなかで途絶えることなく継承され続けたのも、ひとえに漆の「雅びか(みやびか)」あってこそ。

 

ブランドネームの「MIYABICA」は、まさしく「雅びか」という古き美しい日本語に由来します。「もともと〝雅(みやび)〟という言葉が好きで。でも、てっきり古風なイメージだと思っていたんですね。それが調べていくうち、実は〝都会的〟とか〝洗練された〟という意味だった。それこそ私が表現したいものだと思い、ブランド名をMIYABICAに決めました」

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「堆漆ジュエリーが出来るまで」1)漆をこすことから全てが始まる。実に見事な光沢感!
2)ガラス板に漆を伸ばしながら塗っていく。一日待って乾けば、また上から重ね塗る
2)ガラス板に漆を伸ばしながら塗っていく。一日待って乾けば、また上から重ね塗る
3)仕上がった堆漆板をノコギリで望む形に切り刻んでいく
3)仕上がった堆漆板をノコギリで望む形に切り刻んでいく
4)形がとれたら、見えてきた層を丁寧にみがく
4)形がとれたら、見えてきた層を丁寧にみがく
5)彫刻刀で彫りを入れれば下層が現われ、華やかな漆のグラデーションが生まれる
5)彫刻刀で彫りを入れれば下層が現われ、華やかな漆のグラデーションが生まれる

大げさでなく、ただただ〝雅びか〟に

幼い頃から大人しい性格だったという峰岸さん。「クラスが騒がしいなか、私はちょこんと大人しく座っているタイプ。先生が『みんな、峰岸さんを見習いなさい!』とお手本にするほどでした」と照れながら。お話を聞いているあいだも、言葉の代わりに微笑みを返すような、大げさに多くを語ることのない、物静かな佇まいの峰岸さん。

その一方でMIYABICAから確かめられる峰岸さんの特徴はやはり、ひとつのことを諦めずにコツコツと続けられる芯の強さ。「私、負けずギライなんですよ。あの子にできて、私にできないはずはない!みたいな(笑)。大人しくしつつも、そういう面は常に持っていました。その分、根性はあるほうなんじゃないと思います」

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大げさでなく、ただただ〝雅びか〟に—。小さなジュエリーに込められた想いは、私たち日本人にとってかけがえのない伝統であると共に、美学でもありました。

「とても手間はかかるけど、私にとってこれは、〝朝起きて歯を磨く〟のと一緒。地道な積み重ねだと思っています。伝統が伝統として歴史に長く残るのは、ひとえに美しく価値のあるものだから。それに携わる者として、中途半端なものは手がけられない。人の心を動かせなかったら、伝統も廃れちゃうじゃないですか。ただ漆を塗り重ねるだけでは、価値は生まれないかもしれない。だから日々試行錯誤して、新しい堆漆の表現を追い求めています」

 

古くは縄文時代まで遡れる漆。出土されるものの中には、1万年の時を経てなお輝きを失わないものもあるとか。MIYABICAの漆ジュエリーをいつの日か未来の人々が掘り起こしたとき、その輝きと美しい造形、なおかつ機能的な作りにどんなことを想像するでしょう。そんな妄想ができてしまうのも、MIYABICAと漆の持つ、時空を超えた不思議な魅力なのかもしれません。

 

峰岸奈津子 
http://natsukominegishi.com/

1976年、埼玉県生まれ。
武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科在学中の課題で漆と出会う。
その美しさに魅了されると共に、漆の多様な表現方法、色のバリエーションに
可能性を感じ、卒業後2001年より香川県漆芸研究所にて専門的に彫漆の技術を習得。
香川県無形文化財保持者である北岡省三氏に師事しながら日本伝統工芸展、
日本伝統漆芸展を中心に作品を発表。

2006年、独立。堆漆によるジュエリー製作を始める。
2009年、ブランドMIYABICAをスタート。
2011年、2k540AKIOKA-ARTISANにアトリエ&ショップをオープン。
2016 年 よりNatsuko Minegishi の名で新たに活動をスタート