伊勢
Photos by Shun Tsunoda
「一度は訪れたい、日本のいいところ」を実際に訪れ、その町の様子を紹介する「和さんぽ」。第1回目の訪問地は、三重県の伊勢です。
東京方面からならば、東海道新幹線に乗り、名古屋で乗り換えて約3時間。関西方面からならば、京都や大阪から近鉄特急に乗り、約2時間。
新幹線と電車に揺られ、降り立ったのは伊勢市駅。これから、伊勢の魅力を探す旅がはじまります。
伊勢神宮は外宮→内宮の順に
伊勢といえば、誰もが思い浮かべるのは、伊勢神宮への参拝。
伊勢に来たからには、はずせないその場所を、まずは目指すことにしました。
伊勢神宮は正式には「神宮」といい、通称、内宮(ないくう)といわれる皇大神宮(こうたいじんぐう)と、通称、外宮(げくう)といわれる豊受大神宮(とようけだいじんぐう)を中心とする125のお社(やしろ)の総称のことをいいます。
そして、参拝の順番には決まりがあり、外宮、内宮の順に行うのがならわし。そのため、外宮の最寄り駅である伊勢市駅に降りたというわけなのです。
下宮の入口につながる火除橋(ひよけばし)に到着したら、鳥居をくぐる前にしなくてはいけないのが、手水舎で心身を清めることです。
いざ鳥居をくぐり、敷き詰められた玉砂利を踏みしめながら参道をしばらく歩くと、正宮(しょうぐう)にたどり着きます。
ところで、正宮には、おさいせん箱が設けられていないことをご存知でしょうか。
それは、かつては天皇陛下以外のお供えが許されていなかったため、今もその名残で設置されていないのだといいます。代わりに白い布が敷かれているので、おさいせんはそこに納めます。
お参りというと、ついつい私利私欲を出して、あれこれお願いごとをしてしまいがちですが、正宮での個人的なお願いは避けましょう。
とはいえ、がっかりすることはありません。
個人的なお願いごとは、同じ敷地内にある多賀宮(たかのみや)でするとよい、といわれているのです。
その多賀宮は、正宮の向かいの脇道をしばし進むと98段の石段があらわれ、それを上った先にあります。
次に向かうは、皇室の御祖神(みおやのかみ)である天照大御神(あまてらすおおみかみ)が祀られている内宮。
内宮の表玄関に当たる宇治橋は「神聖な世界への架け橋」といわれています。
下宮と同じように、参道、手水舎の順に歩みを進め、いくつもの鳥居をくぐり、正宮を目指します。
「鳥居をくぐるたびに、神様に近づく」というのを何かで読んだことがありますが、実際に歩いていると、まさにその通りだと感じ、身が引き締まる思いがします。
そんなことを考えていると、石段が目に入ってきました。その石段を上りきった先にあるのが正宮です。
下宮と同じく「二拝二拍手一拝」で参拝を終えたら、正宮の次に格式が高いといわれる荒祭宮(あらまつりのみや)へ。
困ったときに助けてくれたり、長生きさせてくれたりする神様として地元では崇められているそうです。
ここで、伊勢神宮ならではの祭りごと「式年遷宮(しきねんせんぐう)」についても軽く触れておきましょう。
式年遷宮とは、20年に一度、神様の住まいを造り替え、神様が引っ越しをするというもの。これには、なんと8年もの歳月を費やし、30以上ものお祭りや行事が行われるというから驚きです。
伊勢神宮は、社殿ひとつをとっても、使用木材はどこで手に入れるのか、どんな樹種が使われるのか、どうやって運ばれるのか、どんな建築様式で建てられるのかなど、興味はこと欠かないし、内宮と下宮を対比させて見るのもおもしろいものです。
こうしたさまざまな知識が増えると視点も変わるでしょうし、次の式年遷宮までの20年の月日の間に経年変化をして、深みの増した姿を見るのも楽しみのひとつでしょう。
何度も訪れたくなってしまう理由は、そんなところにもあるのかもしれません。
左右に店が連なる楽しい「おはらい町」
内宮の目の前にある「おはらい町」は、五十鈴川(いすずがわ)に沿って約800メートルも続いていて、多くの人でにぎわう通りには、たくさんの魅力的な店が立ち並んでいます。
江戸時代には、御師(おんし:神宮と全国の信仰者の間をとりもった人のこと)の館がこの通りに多くあり、御師は、神宮に代わって、おはらいや歌舞などによる祈祷を行ったことから「おはらい町」と呼ばれているそうです。
おはらい町には、飲食店やみやげもの店が数多く立ち並び、多くの人でにぎわっていました。
伝統工芸品である伊賀くみひもの「くみひも平井」や、松坂もめんを使った製品がそろう「もめんや藍」をのぞいたり、伊勢名物のういろ(米粉に砂糖などを加えて蒸した菓子で、もちもちとした食感が特徴)が手に入る「虎屋ういろ」でおみやげを買ったり、懐かしいだるま落としやけん玉、こまなどの伊勢玩具にふれたりしながら歩くと、あっという間にときが過ぎてしまいます。
途中、藤屋窓月堂の伊勢銘菓「利休饅頭」を買って、みんなでひと口ずつ味見。仲間との旅ならば、こんなふうにちょこっと食べができて、それもまた、旅の思い出になり、楽しいものです。
おはらい町では、この地特有の建築様式が見られ、景観を損ねないよう、郵便局やコンビニエンスストア、銀行までもまわりとなじむ造りになっているので、どこに潜んでいるのか探しながら歩くのも、楽しみのひとつです。
おはらい町のちょうど真ん中で、ひと際にぎわいを見せるのが「おかげ横丁」です。ここにも、名産品や工芸品、おみやげものなどを扱う多くの店が軒を連ねています。
海藻類の専門店「みえぎょれん販売」に、あおさのりを求めて立ち寄ると、「生産量は三重が日本一で、全国の60%くらいを占めているのよ。みそ汁に入れるのは定番だけど、軽く戻して絞り、野菜と合わせてかき揚げにするのもおいしいわよ」なんていう話を聞くことができました。
「伊勢醤油本舗」では、三重県産の豆、小麦にこだわって仕込んでいるという伊勢醤油を発見。味見をさせてもらうと、香りが高く、塩味だけが主張するのではなく、バランスのとれたまろやかさを感じました。
そして、手軽な小瓶をおみやげに、と1本購入したのでした。
昼食とおやつは伊勢の名物を。
夕食は地元の人おすすめの料理屋へ
旅といえば、食事も楽しみのひとつです。
昼食は、おはらい町通りの中ほどにある、てこね寿しの「すし久」へ。てこね寿しは、伊勢の郷土料理のひとつで、昔、この地の漁師さんが釣ったかつおを船上でさばいてしょうゆに漬け、すしめしとかつおを手で混ぜて食べたことが名前の由来とされているそうです。
すし久は、味はさることながら、その趣のある建物にも興味をそそられます。
それもそのはず、この建物は明治2年の式年遷宮のときに出た宇治橋の古材を使って建てられているのだそう。明治時代の参拝者が歩いただろう橋の材が、もしかしたら床板になり、私たちも歩いているかもしれないと想像すると、なんともロマンがあります。
おやつにと立ち寄ったのは、伊勢に本店をかまえる「赤福」。ここでは、冬限定の赤福ぜんざいをいただきました。
ところで、赤福には、月に一度だけしか販売しない「朔日餅(ついたちもち)」があるということをご存知でしょうか。
伊勢には、毎月1日に神宮に参拝するという「朔日参り」という風習があり、このときにだけ販売されるのが、かの朔日餅なのです。
ラインナップは毎月変わるため、全部で12種。伊勢の人もお気に入りの月があるそうで、何千人もの人が五十鈴川に沿って列をなし、整理券も配られるほど大人気なのだと、地元の人が教えてくれました。
夕食は、タクシーの運転手さんおすすめの、魚がおいしく食べられる日本料理店「倭庵黒石(やまとあんくろいし)」へ。
もし少人数で訪れたならば、この店はカウンターに座るのがおすすめです。なぜならば、とても気さくなお店の大将と仲よくなれるからです。
偶然とはいえカウンターに案内されたわたしたちも、おいしい料理に舌鼓を打ちながら、大将との会話を楽しんだのでした。
閉店の時間も近づき、そろそろ失礼しようと席を立つと、「宿まで送っていくよ」と大将。
その親切がとてもうれしかったので、車内で礼をいうと、「親切だと喜んでくれるならば、それを次の誰かにすればいいんだよ」と、なんともかっこいい返事。
食事にきたのをきっかけに、こうして仲よくなれるのは、なにものにも代えがたい喜びで、「旅の楽しみはやはり地元の人との触れ合いだ」と確信したのはいうまでもありません。
伊勢の見どころ、寄り道どころ
伊勢の人がよく訪れるという「松尾観音寺」。
ここは日本最古の厄除観音といわれ、龍神伝説(寺が火災にあったときに、本堂裏の龍神池から雄と雌の龍神様があらわれ、観音様を助けたという伝説)でも有名な寺です。
ここへ来た目的は、本堂の床に龍の顔が浮き立って見えるという不思議な現象を見るためです。参拝を行い、噂の龍を探すと、向かって右手側に龍の姿が浮き出た床板が目にとまりました。
「踏んでしまうから囲ったらどうだ、というご意見もいただくのですが、床板に浮き出てきたのは何かのメッセージだと思っているんです。足元を正していきましょうとか、自分の足で歩んでいきましょうとかね。だから知らずに踏んでしまうのはきっとお許しくださると思っています」と、寺の方が話してくれました。
ちょっと寄り道するならば、河崎界隈の町並みもいいでしょう。
河崎は、伊勢市を流れる勢田川(せたがわ)の水運を使用して多くの問屋さんが立ち並び、かつてにぎわいを見せたところです。今でも、古い蔵などが残っていて、当時の面影をうかがい知ることができます。
河崎では、ふいに地元のお母さんに声をかけられました。
初代が米問屋で、明治期に建てられた母屋に今も住んでいるというので、伊勢に着いたときからずっと気になっていた、家々の軒先でよく目にする「しめ飾り」について聞いてみたところ、こんなことを教えてくれました。
「お正月も過ぎたのにずっと飾っているのは不思議かもしれないけれど、これは、このあたりの風習なのよ。12月の暮れに新しくして、1年間ずっと飾ったままにしておくの。無病息災や家内安全の願いを込め、厄除けとして飾るの」
お母さんと別れて歩いていると、今度は自転車に乗ったお父さんから「案内をしようか」と声がかかりました。どうやら伊勢は、とても気さくな人が多いようです。
お父さんのおすすめは、「相当古いよ」という老舗和菓子屋「幡田屋(はりたや)」。「そうそう、あそこは包装紙がすてきなんだ。もらいに行ってきな」と促され、おいしそうな和菓子を買い、包装紙を1枚いただきました。
それは、金の線で江戸時代の伊勢の地図が描かれた、美しい藤色の包装紙でした。
お父さんが河崎にきたらここにという一軒は、せともの屋の「和具屋」。家の外にある看板によると、母屋と土蔵は1757年の建築。
「今から250年以上も前なんだからすごいだろ? アメリカの建国よりも前なんだから」というお父さんの言葉に妙にうなずいてしまうのでした。
伊勢の旅のアドバイス
- 下宮と内宮の参拝は時間配分に気をつけて
下宮も内宮もしっかり見ようと思うと時間がとてもかかるので、時間が限られている旅では、時計と相談しながら行動するように気をつけましょう。
- 下宮と内宮の参拝は案内人と回るのもおすすめ
下宮や内宮を歩いていると、「お伊勢さん観光案内人」と書かれたはっぴを着ている人を見かけます。
こうした案内サービスを利用すると、知らないことを教えてくれたり、疑問に答えてくれたりするので、自分たちだけで回るのとは違うおもしろさが味わえるのがいいところ。
無料のものもあるし、外国人に対応してくれるところもあります。
- おはらい町は夕方には店じまい
おはらい町あたり一帯は、夕方4時半くらいから徐々に店じまいがはじまり、5時半も回るころには、ほぼ閉まってしまいます(8、9月の夏場は、夕方6時まで営業)。
ゆっくり見ていると、あっという間に時間が過ぎてしまうので、買いそびれのないように、計画的に歩きましょう。
- 宿泊は1泊2日か2泊3日
伊勢神宮とその周辺だけを回るならば1泊2日あれば十分足りるでしょう。しかし、さまざまな寺社を巡りたい人や、ひとつひとつをじっくり見たい人はもう1泊するか、帰りの新幹線や電車の時刻を遅くするのがおすすめです。